種を継ぐ、ということ。

そういえば私が田畑を始めたのは、食べることが好きだ、ということはもちろん、遺伝子を残していかなくちゃ、という焦りにも似た感情が初めだったような気がする。

F1種は種を後世に残す事ができないので、必然的にずっと繰り返し遺伝子を残す事ができる固定種の野菜を自家採種する、ということになった。

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種の棚。

種の種類も年々増えてきて、また今年から種取り専用の設備も整え。

この棚がすっきりしてきたら種を自由に取りにきて貸し出し、もしくは交換を開始しようと思っている。

 

 

昨年、絶えてしまったと思っていた白豆が今年ひょこっと生えていた。

 

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畑のお隣さん、豊さんからいただいた白豆。

豊さんは豆がとても上手で、

エンドウ、グリーンピースを竹垣で作り、その後に白豆を撒いていた。

垣を作り直す手間がいらないのだという。

 

 

そんな豊さんはもう他界され、

今はそんな外にでるんじゃない!と心配していた娘さんを見かけるようになった。

区画も作物も違う、今度は娘さんらしい畑となってよみがえった畑。

畑はその人の生き様を表しているのだなあ、とつくづく感じる。

 

 

この白豆は品種はわからないが、『豊さんがずっと作っていた白豆』ということは変わらない。

品種を継ぐことはもちろん、生き様まで種が引き継いでいるようで、とりあえず形見として大事に残していかなくては、という気持ちになった。

 

黒米は三重県で自然農を営む方よりいただいた。こちらは増やしてお返しする分。

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種を通じて人の輪が広がると共に、なんだか色んな人がバラバラに生きている昨今、種という遺伝子を引き継ぐことで一緒の世の中を生きている人もいるという家族のような一体感を感じている。

 

 

私たち人間も植物も動物も同じ生き物。

生き物レベルとして、後世にずっと残したい物を引き継ぎ、育てる。

 

種を採ることは栽培者にとっては面積もいり、期間も長く手間ではある。

しかしそれ以上、生き物として必然なことをしているのだ。

 

 

野菜を作ることは生き物の生き様、遺伝子を継ぐ事。

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この投稿は2015年12月16日12:52 PMに公開され、未分類 カテゴリーに分類されています。 パーマリンクをブックマーク この投稿へのコメントを RSS フィードで購読できます。

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