ひとつ、終わり。そして始まり。

真っ白いシーツが太陽に映えて眩しかった。

 

まだ明け方の窓から見える景色が恐ろしいほど美しくて、

とっさにカーテンを全部外してみた。

ご報告。

兼ねてからのパートナーとの話し合いが終わりました。

色々ご心配をおかけし、色々話を聞いていただき、本当にありがとうございます。

話を聞きたい方は、包み隠さず話すので、ぜひ声をかけてください。

 

人は変わって行く生き物だから、関係が変わることに恐れは全く無かったんです。

ただ、自分の中にある恐れ、不安と向き合う期間でした。

ただ受け止めて、変化を恐れず生きて行きたいと願っています。

 

 

今後は、なんかこの家を出ていくような流れにあることに気づいてしまい、

色んな方にご報告はしましたが、

なんと今日、荷物をあらかた整理し運び出すことになりました。

 

というのも、

誰と生きて行こうかな。

の答えは、今のところ、私の中で、

『誰でもいいから、今の役割の私を必要としてくれるところに行こう。』

だ。と思っています。

(だから恋愛関係でもフラットなのか、と今思った。そもそももはや恋というものはなく

愛でしか無くなっている自分。)

 

私がいることで町に人が来てくれることはわかったから、

仕事上での役割は終え、

今度は自分がどんな役割で生きて行くかに向き合った。

 

自分は縫い物を中心として家事をしていく。

これが天命?使命?

小学生の頃の夢と変わらずおんなじ。これが私の軸。

それが役割だと定めたら、自ずと次の仕事 or 居場所も、

シェアハウス?的なところからのお声がけが多くなった。

 

料理掃除担当で昼間は縫い物、みたいな暮らしが

現実的なところなのかなーなんていうところに着地しています。

 

 

思えばこの3ヶ月、

誰かとご飯を食べたり、うちでご飯を食べたり。

時にはお金を介し、介さなかったり。

 

『みんなでご飯を食べたい』

そう願うようになったら、

だいたい毎日誰かと一緒に食卓を囲んでいる自分がいた。

 

みんなが皆繋がっていて、家族的な存在。

そのありがたさにただ感謝の気持ちでいっぱい。

 

人生自分で決めているんだね。

そして私が願えば必ず、叶う。

 

そして自分が手に入れたもの、

1つめは、

『自分が自分を守る強さ』。

それさえ出来ていれば、全ての人を愛せるんだなという自信に繋がったなあ。

 

2つめは、

『叱ること』。

(ちょっとおかしいけど)叱られることに快感を覚える人も多く(苦笑)、

叱ることも愛なんだな、という視点を持て、

何かあると感情ではなく愛から叱る。

そんなことができるようになったよ〜。

 

私は愛されて産まれてきた命。

色んな人から愛を受け取るから、

逆にどんな状況であっても、愛で返したいと思ってしまうんだ。

 

例え周りから見たら酷い事をされていると思われようと、

 

自分自身を守る強ささえあれば、

どんな人とも愛で繋がり合えるんだ。

 

一時の目に見える姿を批判するのではなく、

その人の本来持っている光を信じてただ受け入れ、見守っていたい。

 

人は完璧な生き物じゃない。

愛を注がれずに育った人もいる。

時には出口が見えなくてしまうこともある。

その人ではなく、周りの環境がそうさせていることもある。

 

 

そんな人間らしさが、愛おしいじゃない。

だって人は愛したいし、愛されたい。

 

ただそれだけだと思うから。

♪haruka nakamura /  永遠

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この投稿は2016年8月23日5:54 AMに公開され、未分類 カテゴリーに分類されています。 パーマリンクをブックマーク この投稿へのコメントを RSS フィードで購読できます。

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