なんでここにいるのか。〜その4〜

それから。

震災、

身体の不調、

と続くわけですが、

 

一旦実家に帰るも

 

水道水・畑が高濃度の放射能で汚染されていた。

と新聞の一面で騒がれ。

 

水は買う状態になり。

 

 

身体はというと、

てきめんに、食べられる、食べられない、

がはっきりしてきて。(普通の食事はおろか、とれないものの方が多かった。)

 

唯一安心して頼って眠る事のできる場所が、

そこにはもう無かった。

 

 

自分の感覚でしか、

自分の身体が今摂れるもの、ダメなものを知っているものは、無かった。

 

寝て、お風呂に入って、寝て。

ひたすら自分を休ませようとするも。

 

どこも悪くないと言うお医者さんは、信じられなかった。

水道から流れてくるお風呂の水さえも、信じられなくなった。

 

この水はどこから来てるんだろう。

わたし、なにも知らなかった。

 

自分がまるごとぜんぶを知らない、

何か大きなものが、信じられなくなった。

 

 

結局、信じるものは、自分なんだな。

 

 

考えてかんがえてかんがえて、

考えられなくなって、

何もしない状態になって。

 

 

 

ああ。

 

 

ただ、生きよう。

 

水のきれいなところにいこう。

 

 

 

それだけだった。

 

 

 

 

 

その瞬間ぱっと脳裏に思い浮かんだのが、

 

柿木村の川の風景と、

道の駅に書かれていた、『健康と有機農業の里』という文字。

 

 

行動はすぐだった。

役場に行き、

友人繋がりだった同級生に空き家を見せてもらい。

(お試し住宅がなぜかその時定員いっぱいだった。)

 

相当事細かに空き家や集落の条件を書いたけれど

それにぴったりのロケーションにあり、

『ここにします。』

即決したのが、今の家。

 

仕事はなんでも良かった。

生きていけなくなるのは怖かったから、介護の資格は取った。

 

 

それから。

 

来て1週間も経たないうちに前の職場の上司(東京)が町に来ていたり、

町で開かれたデザインセミナーの講師が大学のサークルの友人だったり、

近くに東京の実家の近くに住んでいてどこかですれ違っただろう人たちが集まっていたり、

今柿木村で食の文化祭を進行している方が前の職場繋がりの方であったり。

 

不思議なこともあるもんだなあーと思っていたのですが、

 

 

自分の名前がつけられた場所。

柿木村と自分の名前のルーツ。

 

人生が一つの線で繋がった。

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この投稿は2016年9月30日5:29 AMに公開され、未分類 カテゴリーに分類されています。 パーマリンクをブックマーク この投稿へのコメントを RSS フィードで購読できます。

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